スペシャルインタビュー

これからの世界に必要なのは異文化への理解。子供たちの意識は既に国境を越えています。多田幸雄 氏(株式会社 双日総合研究所 代表取締役社長)英語が世界の共通語になった今、これからの日本人には英語による異文化理解が必要。そんな確信から多田幸雄氏は日本の英語教育改革の必要性を説く。その発想の土台には、四半世紀以上前から日米の間に立ち、ビジネスだけでなく、民間交流でも活躍してきた経験がある。

米国での経験が教えてくれた、異文化理解の重要性

日本の英語教育についてはいろいろな議論がありますが、私はある程度、早い年齢での教育改革が必要だと考えています。その考え方の原点には、商社の駐在員として13年間を過ごした米国ワシントンDCでの経験があります。

80年代の終わり頃、日本の経済力が急拡大し、米国との間で貿易摩擦が起こったとき、アメリカは日本に脅威を感じる一方、関心を抱き、日本語を学んでみようという動きも出てきました。当時の日本企業にも、経済だけでなく社会に貢献しようという気運が出てきた頃で、私は他の日系企業駐在員とともに、日本語教育の支援に取り組みました。それが「日本語イマージョン・プログラム」。日本語を用いて教科を教える手法です。具体的にはアメリカ人の小学生に、算数、理科、保健体育を日本語で教えました。一からの挑戦ですから苦労しましたが、成功し、子供たちにも親にも非常に喜ばれました。

さらに生徒たちが日本語を使い、交流する機会を作ろうと、小学校同士の姉妹校提携を進めたり、日本政府が実施しているJETプログラム(*1)の経験者に対し、NPO(*2)を設立して、人材育成、就職支援などを行ってきました。

こうした経験を通じて、私が言語教育で重要だと感じたことがいくつかあります。まず、早い時期から行うことです。異文化を偏見のない若いときに理解することは大切です。次に継続性。教育はガーデニングと同じで、時間をかけないと成果は出ません。第三に民間の力の活用です。私が日米教育交流に関わって知ったのは、日米交流は外務省、教育交流は文部科学省の管轄で、日米教育交流はグレーゾーンになり、うまく動かせないこと。しかしこうした縦割りの弊害も、民間なら越えることができるのです。

(*1)JETプログラム(Japan Exchange & Teaching Programme)は外務省、文部科学省、総務省の3省が管轄し、語学指導などのために外国の青年を日本の小学校、中学校、高等学校等の英語教師として招聘するプログラム

(*2)CEPEX(Center for Professional Exchange)米国の知日派リーダーの育成、活躍の場を提供することをめざして設立されたNPO。多田氏は理事長を務める。

世界が変わって、英語を学ぶ意味も変わりました

英語をある程度使いこなせるようになるのは、一部の人だけでよい、という意見もあります。しかし私はこの意見は取りません。日本で英語を学ぶことは、広く一般の人々に必要だと思います。その理由は二つあります。

一つは近年、新興国と先進国の経済規模が逆転したことです。これによって英語は、一部の先進国だけでなく、世界の共通語化しました。世界のどこでも、仕事をするときの共通語は基本的に英語です。ネイティブ・スピーカーが一人もいないところでも、ビジネスでもNPO活動でも、仕事となると英語を使わざるを得ません。

もう一つはICTの発展により、ごく普通の人々が、国を越えてつながり、交流できるようになったことです。今、世界中の情報がインターネットの上で流れていますが、英語を媒介にした情報が圧倒的に多い。英語がまったくわからなければ、有用な情報は手に入らないし、世界の人々が今、関心を持ち、論じている内容を知ることはできません。

たまに「英語教育改革は企業がトクをするためではないか」という意見も見かけますが、このように世界の状況が変化したことが、改革の必要な大きな理由なのです。

英語は、世界の多様性を知るために欠かせません

英語が世界の共通語化し、英語を媒介とした情報が多いことは、異文化理解のうえでも、英語力が有効であることを意味します。そうした中で、日本人はある程度、早いうちから英語を学び、異文化を理解することが重要だと思います。

日本語だけで生活が可能な日本では、他言語による発想をほとんど知らずにすむからです。しかし日本語に翻訳(通訳)しても、本来の意味が十分に伝わないことはたくさんあります。ですから日本人が日本語による日本の中の発想だけで、海外の事象、文化、社会などを「わかったつもり」でいることは危険だとも言えます。

たとえば今の日本は安全で平和ですが、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんのスピーチを英語で読むと、女性の教育や社会進出を命がけで勝ち取らなければならない国があることが、ひしひしと伝わってきます。

幸い、今の子供たちには英語を学び、海外に行くことに抵抗感がないようです。子供たちはドイツにサッカーの観戦に、ニューヨークにクリスマスセールの買物に行くという発想をして不思議に感じていません。遅れているのは、親や教師の側でしょう。教える側(教師)は躊躇せず、この柔軟性に応える必要があると思うのです。

入試の英語は、生涯教育の入口という意味を持っています

日本の英語教育改革は今に始まったことではありません。平成元年頃から4技能の育成、コミュニケーション力の養成などの必要が掲げられ、進められてきました。今ようやく、それが具体化してきたのだと思います。

一般の日本人には、どの程度の英語力が必要なのでしょうか。これは一人ひとりの人生設計や職業によって異なると思います。たとえば商社の社員には英語による高度な交渉力が必要というイメージがあるかも知れませんが、これも部門や職種によります。情報を収集するためにもっぱら「読む」力を必要とされる人材もいます。他の分野でもそうです。私は海外留学を希望する日本人学生に向けた奨学金審査をしたことがありますが、「読む」「書く」点数は低いのに、「話す」能力は抜群という若手ピアニストがいました。この人は見事に第一志望先から特待生の入学許可を得ました。考えてみれば、ピアニストにはそれほど「読む」、「書く」力は必要ないわけです。

日本での英語教育も、生涯教育としてとらえられるようになっています。4技能の評価試験はこの意味でも役立ちます。自分が何をめざし、どのような人生を送りたいのか、そのためには英語のどの能力が必要で、どの能力を伸ばすべきか、と考える判断材料になるからです。

そして、大学入試は生涯教育の入口です。入試が4技能を適正に評価できる形に改革されれば、入学後や卒業後の人生設計に役立つでしょうし、大学側の選択肢も増えてくるでしょう。つまり入試改革を含む英語教育改革は、一人ひとりの多様性、多面性を発揮する第一歩でもあるのです。積極的に進めてほしいと期待しています。

多田幸雄 氏 略歴

さいたま市(浦和)出身、1976年 北海道大学農学部卒、日商岩井(株)入社、
仏リヨン国立応用科学研究所、米バンダービルト大学経済学部修士、米ブルッキングス研究所等を含む国内外に勤務。
1997年から日商岩井米国ワシントン店長、双日米国ワシントン支店長。
2009年に帰国、双日総合研究所代表取締役社長。
経済同友会でロシア・NIS委員長、米州委員長、知日派・親日派拡大PT委員長を歴任。
文科省では戦略的な留学生交流の推進に関する検討会、英語教育の在り方に関する有識者会議の委員を務め、英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会の座長に就任。
長崎大学経済学部客員教授。

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